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活動報告~屋久島での活動~

2015年05月31日(日)

屋久島の避難所へ畳を届けました。

屋久島に設置された避難所3か所に畳をお届けしました。到着するなり現地の皆様にお手伝いいただきながら搬入しました。畳で寝れる、座れる、ありがとう!たくさんの感謝の言葉をいただきました。協定を結んでいたわけではありませんが役場の方々、現地の中島タタミ店様の迅速な対応により、スムースにお届けすることができました。避難されている皆様が、一日でも早くご自宅に戻ることができますように。

屋久島 避難所 畳 屋久島 避難所 畳
屋久島 避難所 畳 屋久島 避難所 畳

~口永良部島・新岳の噴火によって屋久島にできた避難所に、畳を届けさせていただいた際のご報告~

避難者の方から「雰囲気が一変しました、畳で寝れて良かった」との言葉をいただきました。

2015年5月29日(金)
鹿児島市役所、屋久島町役場に連絡をとりながら状況を確認。同日、理事にて話し合い。現地自治体との協定など事前連絡がとれておらず、また現地情報が確実なものではなく、避難所まで届けられるかどうかもわからないが、不要であれば持帰るということで現地に行くことを決める。
2015年5月30日(土)
理事が中心となって畳を製作。京都→兵庫→広島と畳を積みこみながら鹿児島に向かう。その途中、屋久島の中島タタミ店と連絡がとれ、現地での協力体制を図る。
2015年5月31日(日)
鹿児島港より屋久島行のフェリーに乗船し、屋久島の宮之浦港に到着。憩いの家、宮之浦公民館の2か所に畳を敷き込み、屋久島開発総合センターに残りの畳を予備として搬入。役場、地域、避難所の皆様に搬入のお手伝いをいただき、2~3時間で全ての畳の搬入作業が終了する。
2015年6月1日(月)
前日は搬入作業で役場関係の方々にご挨拶もできず、ひとことお見舞いの言葉をお伝えしようと避難所を訪問。プライバシーの問題もあり外部との距離をとろうとされている様子だったが、私達を避難所の中までお招き入れ下さる。「雰囲気が一変しました」「畳で寝れて良かった」など、避難所の皆様からたくさんの有難い言葉をいただく。帰路につく。

※約1週間後、屋久島の中島タタミ店が、避難所の畳の様子を確認に行く。問題なくご利用いただいていることを確認し、カビなどが発生するシーズンなので換気などについての説明をさせていただいた。長引くようなら継続的に訪問することとする。

口永良部島では、島外脱出訓練や噴火時の一時避難所の設定・共通認識など。日頃からの防災意識が強くあったということもあり、137人の方が6時間足らずで避難を実現したということです。私達のプロジェクトも、それぞれの地域でその地域に応じた活動を継続的に行っていくことがとても重要なことだと再認識をしました。

今回、屋久島の避難所に畳をスムーズに届けることができたのは、中島タタミ店の日頃より培われている地域との近しい関係があったからこそだと感じています。急なお話にもかかわらず、私達が港に到着した時にはすでに順路や畳の枚数の割り振りなども決めていただいており、役場の方々と一体になった受け入れ態勢を構築して下さっていました。

畳の制作に関しては、プロジェクトメンバー全員にお声がけをするかどうか迷いましたが、現地からの正式な要請が無いだけにフェリーにさえ乗れないかもしれない、場合によっては持帰ることもあろうかと、いろいろと話し合ったうえで今回は理事が中心となってお届けさせていただきました。決してあってはならないことなのですが、もしもの時には、よりスムーズに効率的に畳をお届けできるよう、今後の活動や連絡網強化につとめたいと思います。

最後になりましたが、避難されている皆様が1日でも早く元の生活に戻れますように。

「5日で5000枚の約束。」プロジェクト実行委員会  前田敏康

活動報告 ~調印式の様子~ はこちら

活動報告 ~防災訓練・イベント~ はこちら